一般人のブログって何のために書くの?プライベートなことを世間にさらしてどうするの?と思っていたのだが、何でこれだけ日本では個人のブログが氾濫しているのか考えてみた。
よく言われるのは日本ではインターネットが普及しだしたころから日記サイトというものの存在があって、それがブログへ移行しただけというもの。
特に誰かに読まれることを期待するでもなく、ただ漫然と身の回りの話を文章に残していく作業。ただ、その文章は誰でも見ようと思えば見られてしまう場所に置いているというのが、本当の日記帳と違うところ。差し障りのないことだけを、個人のプライバシーに関わるような部分はうまくぼかしてネットに上げていく作業。
ブログ普及と並行してmixiのようなSNSの普及もあったから、プライベートの公表に対する意識も少し変化して、現在の状態があるように思う。
では日記サイト(=大半の個人のブログ)はなぜ流行るのか。
いわゆる「リア充」ではない人が、やるのではないかという結論にたどり着いた。
現実の世界で充実していない
⇒インターネットの世界に自分の居場所を求める
⇒インターネットでそれなりに広く自分の存在を認めてもらいたい
⇒特に才能はないけど日記ぐらいなら始められるかな
論理の飛躍は途中にないと思うのだけれどどうだろう。
才能のある人だったら、インターネットの世界でも何かを企画して、立ち上げて、発表できているはず。たとえブログをつづっていたとしても、それは単なる日記サイトではないか、製作日誌のようなおまけの存在としての日記になっているのではないか。
そんな企画力なんて持ち合わせていない、でもインターネットの世界で自分の存在を認知してもらいたい、自分が発信者となりたい、という個人の行き着く先が日常垂れ流し日記系のブログになるのではないか。
日常に何か毎日ネタが転がっているわけではない、でも日記は毎日書きたい、そんな層のニーズに応えたのが、各ニュースサイトのトラックバック機能のように思う。テレビの出演者のように、ニュースに対してつまらないコメントをつけて自己主張をしている気になって満足する。そんなユーザが一定量存在しているから、日本のブログサービスは支えられている気がする。
よく言われるのは日本ではインターネットが普及しだしたころから日記サイトというものの存在があって、それがブログへ移行しただけというもの。
特に誰かに読まれることを期待するでもなく、ただ漫然と身の回りの話を文章に残していく作業。ただ、その文章は誰でも見ようと思えば見られてしまう場所に置いているというのが、本当の日記帳と違うところ。差し障りのないことだけを、個人のプライバシーに関わるような部分はうまくぼかしてネットに上げていく作業。
ブログ普及と並行してmixiのようなSNSの普及もあったから、プライベートの公表に対する意識も少し変化して、現在の状態があるように思う。
では日記サイト(=大半の個人のブログ)はなぜ流行るのか。
いわゆる「リア充」ではない人が、やるのではないかという結論にたどり着いた。
現実の世界で充実していない
⇒インターネットの世界に自分の居場所を求める
⇒インターネットでそれなりに広く自分の存在を認めてもらいたい
⇒特に才能はないけど日記ぐらいなら始められるかな
論理の飛躍は途中にないと思うのだけれどどうだろう。
才能のある人だったら、インターネットの世界でも何かを企画して、立ち上げて、発表できているはず。たとえブログをつづっていたとしても、それは単なる日記サイトではないか、製作日誌のようなおまけの存在としての日記になっているのではないか。
そんな企画力なんて持ち合わせていない、でもインターネットの世界で自分の存在を認知してもらいたい、自分が発信者となりたい、という個人の行き着く先が日常垂れ流し日記系のブログになるのではないか。
日常に何か毎日ネタが転がっているわけではない、でも日記は毎日書きたい、そんな層のニーズに応えたのが、各ニュースサイトのトラックバック機能のように思う。テレビの出演者のように、ニュースに対してつまらないコメントをつけて自己主張をしている気になって満足する。そんなユーザが一定量存在しているから、日本のブログサービスは支えられている気がする。
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